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■音楽の趣味に関して(一本のギター)


カスタムオーダー製 ストラトキャスター



最後に手元に残した一本日本のCombatというカスタムメーカー。

初めてこのメーカー物を弾いたのはショップで。ボディーの響きがものスゴく良かった。
Fenderと同様の素材で組み合わせていると聞いてました。

ボディーはシースルーレッドの塗装、ネックはバーズアイメイプルの指定でカスタム発注したものです。

他の方に弾いてもらったとき、音鳴りの良さに”どこで手に入れた!?”と驚かれたことがあります。

■音楽の趣味に関して

小学生の頃から楽器演奏は好きでクラスで行う演奏会の曲 ”いかりをあげて”を全ての楽器で弾けるようにしていたから昔から音楽は好きだったんだと思う。

中学に入ってクラッシックギターのよくある通信講座で勉強し、 同時に今でいう”アコギ”も購入。


高校に入るとロックにはまり当時仲間と一緒に聞き出したのがBeatlesから。
買ったギターがYAMAHAのSGのブラウンサンバーストというギター。
TOTO、Journy、Boston、MSG、Rainbow、EricCraptonなどの曲
を深夜までコピー、コピー...
授業中はギター理論なんて訳分からない本ばかり読んでた。
結局難しくて未だに理解できないまま。。。

当時組んだバンドがサザンのコピーバンド。
理由はボーカルが桑田さんの歌真似が上手かった。

高校の始めの頃に”ベストヒットUSA”を見始めたときに毎週
一位 だったのが Daryl&Joan Oatesの「Private Eyes」。

この曲もそうだけどTOTOの初期のアルバムなど今でも思う のが日本人には作れない曲だと思う。
テクニックではなく国柄?というか〜叙情的な捉え方をして聴くと日本の風景とヨーロッパの風景が全く違い真似できないようなものなのかな〜。

TOTOの「99」「GergePorgy」やJourneyの「Who's Crying Now」なんて日本人が作れる訳が無いと思うもん。

なんとか音楽で食っていければな〜と考えてた。
この頃はMTVが始まった時代。

田舎から上京し学生時代、会社員になっても音楽は続けてました。
私ははっきり言ってギターは上手くなかった。リズム感が悪い。

でも音楽は好きでとにかく名前の聞いた音楽は聴きまくりました。
そのためロック以外の曲も好き。

クラッシクでも好きな曲は好き。歌謡Popsも。R&BはもちろんAORも。
特に好きなのはJazz。

未だに究極の楽器演奏はジャズドラマーだと私は思ってる。
Jazzは耳で聞くだけでなくJazzバーで生の演奏を見るほうがお薦め。

オリジナルのバンドを組んで横浜を中心にバンド活動を本格的にやってました。
ボーカルが得意だったモッズ、それとComplexを合わせたようなバンド。

詩、曲はボーカルが書いてくる。
それを自分がギターでアレンジしドラムとベースラインを決めてスタジオで一気にやってみる。
このバンドは”Savage(サベージ)”という名前で活動。
メンバが集まってから一ヶ月で6曲ほど完成させ初ライブしました。勢いがあったなあ。

多い時は週に2曲くらいボーカルが書いてもってきてた。

そして私は会社を辞めてフリーターに。音楽ばかりやっていたかった。
ライブハウスへデモテープを持ち運びオーデイションを受けるのを待つ。
OKが出るとオーデイションへ。20近いバンドが集まる。

そこからライブハウス側は商売になりそうなバンドを見つける訳ですから
オーデイション結果のバンド批評はそれはキツイ。
うちのバンドはボーカルが飛び抜けてうまかったため酷評はなかった。

しかしだんだんとバンド活動も下火になって私もフリーターから元の業界
へ復帰するために田舎に一時戻ることになりバンドは解散となりました。


フライを初めてからは全くといいほどギターは触らなくなりましたが今でも当時の音楽は聴きます。
昔の音楽は何度聞いても飽きないものが多い。